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東京地方裁判所八王子支部 平成8年(わ)449号 判決

主文

被告人を禁錮一年二月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成七年一〇月一五日午前〇時二〇分ころ、業務として普通乗用自動車を運転し、東京都府中市住吉町五丁目一九番地付近道路を先行車に追従しながら国立方面から関戸橋方面に向かって直進していたが、同所は最高速度が四〇キロメートル毎時と指定された道路であったから、右最高速度を遵守した上、同車との車間距離を十分保持して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右最高速度を超える時速六五キロメートルで進行した上、同車との適正に車間距離を保持しなかった過失により、同車がブレーキをかけたのを約一二・五メートル手前に至って発見し、追突の危険を感じて急きょ右にハンドルを切って自車を対向車線上に進出させ、折から対向車線上を対向進行してきたA(当時二八歳)運転の普通貨物自動車の前部に自車前部を衝突させ、よって、同人に胸腔内臓器損傷等の傷害を負わせ、同月一六日午前三時五〇分ころ、東京都多摩市永山一丁目七番一号所在の日本医科大学付属多摩永山病院において、同人を右傷害により死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)

《証拠略》

なお、弁護人は、被告人が、判示認定のように、追突の危険を感じて急きょ右にハンドルを切って自車を対向車線に進出させたのは、先行車が急停止したことによるものであって、この先行車の急停止は被告人の合理的な予測の範囲外であった旨主張し、被告人も、当公判廷において、先行車が急停止したとしても停止できるような十分な車間距離を保持して自車を運転していたが、先行車がとても急に停止したので、急きょ右にハンドルを切らざるを得なかったとの趣旨の供述をする。

しかしながら、関係証拠によると、仮に先行車が急停止したとしても、被告人が、指定最高速度を遵守した上、適正な車間距離を保持していれば、先行車との追突を避けるために急きょ右にハンドルを切って自車を対向車線に進出させざるを得ないような事態に至るわけがなく、被告人の前記の供述内容は、それ自体矛盾していて信用することができず、弁護人の前記主張は採用できない。

(法令の適用)

一  判示所為 刑法二一一条前段

一  刑種の選択 所定刑中禁錮を選択

一  訴訟費用(不負担) 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

本件は、被告人が、指定最高速度を約二五キロメートル超える速度で普通乗用自動車を運転中、先行車との車間距離を十分取らないでいたため、追突の危険を感じてハンドルを右に切って自車をはみ出し禁止道路の対向車線上に進出させ、対向進行してきた被害者運転の普通貨物自動車に正面衝突させ、被害者を死亡するに至らしめたという事案であるところ、基本的な注意義務に反する甚だ危険な過失態様による事故であること、被害者には全く過失が存しないこと、被害者に与えた結果が重大であり、前途有為な若者である被害者を死亡させたもので、同人の遺族の悲しみが多大であることが容易に推認されること、対人任意保険に加入してなく、示談成立の見通しがたたないこと(なお、在日米国軍人であるが故に、損害賠償を有する資力がないにもかかわらず、対人任意保険に加入することなく、自動車を運転する合理性は見い出し難く、このような自動車運転者は、他人の生命、身体に対する配慮が不十分であるといわざるを得ない。また、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定一八条六項に基づく慰謝料の支払いは、その支払時期、支払額のいずれについても対人任意保険に基づく支払いに十分代替し得るものとは考え難い。弁護人は、無資力者に対する量刑上の不利益を是認することは不当である旨主張するが、この主張は独自の見解に基づくものであって、採用する余地がない。)などに照らすと、犯情が芳しくなく、その刑事責任は重いといわざるを得ない。

そうすると、同僚等から寛刑嘆願がされていること、これまで前科が全くないこと、その反省状況などの弁護人主張の被告人についてくむべき事情をできるだけ考慮しても、本件が刑の執行を猶予すべき事案であるとは到底認め難く、主文のとおり刑の量定をすることが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊田 健)

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